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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1894号 判決 1964年3月27日

昭和三五年(ネ)第一七八八号事件控訴人

同年(ネ)第一八九四号事件被控訴人(第一審被申請人)

日本鋼管株式会社

右代表者代表取締役

河田重

右訴訟代理人弁護士

孫田秀春

熊谷誠

高梨好雄

昭和三五年(ネ)ネ第一七八八号事件被控訴人(第一審申請人)

高野保太郎

昭和三五年(ネ)第一七八八号事件被控訴人(第一審申請人)

菅野勝之

昭和三五年(ネ)第一八九四号事件控訴人(第一審申請人)

坂田茂

右三名訴訟代理人弁護士

佐伯静治

彦坂敏尚

植木敬夫

村井正義

主文

原判決第二項を取消す。

昭和三五年(ネ)第一八九四号事件控訴人(第一審申請人)坂田茂が同事件被控訴人(第一審申請人)に対して雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

昭和三五年(ネ)第一七八八号事件控訴人)第一審被申請人の本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ昭和三五年(ネ)第一七八八号事件控訴人(第一審被申請人)と同事件被控訴人(第一審申請人)高野保太郎、同菅野勝之との間に生じたものはいずれも全部右控訴人の負担とし、昭和三五年(ネ)第一八九四号事件控訴人(第一審申請人)坂田茂と同事件被控訴人(第一審被申請人)との間に生じたものはこれを三分しその二を右控訴人その余を右被控訴人の各負担とする。

事実

昭和三五年(ネ)第一七八八号事件控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分は、これを取消す。被控訴人等の申請は、これを却下する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、同事件被控訴人等は、控訴棄却の判決を求めた。昭和三五年(ネ)第一八九四号事件控訴人は、「原判決中控訴人の申請を却下した部分を取消す。控訴人坂田茂が被控訴人に対して雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。申請費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め同事件被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。<以下省略>

理由

第一審被申請人が肩書地に本店を、川崎市内に川崎製鉄所をその他の各地にも事業所を置いて、各種鋼材の製造販売業を営んでいる株式会社であること、第一審申請人坂田が昭和二四年六月一四日から、同高野が昭和二三年八月一七日から、また同菅野が昭和二六年四月二日から、それぞれ工員として被申請人に雇われていること、同人等がいずれも日本鋼管川崎製鉄所労働組合の組合員であること、被申請人が申請人らに対し、いずれも昭和三三年二月二一日に口頭で、同月二六日付をもつて第一審申請人坂田、同高野を懲戒解雇、同菅野を論旨解雇(第一審被申請人の従業員に対する懲戒の一種)する旨の意思表示をしたこと、その理由は、第一審申請人等が、昭和三二年七月八日在日アメリカ合衆国空軍の使用する東京都北多摩郡砂川町所在立川飛行場の測量反対集会に参加した際、所謂立入禁止区域に侵入したため刑事特別法第二条違反として同年九月二二日検挙され、同年一〇月二日起訴され、しかもこれら事実が新聞、ラジオ、テレビなどを通じて全国的に報道されたことが、第一審被申請人と第一審申請人等所属の日本鋼管株式会社川崎製鉄所労働組合との間に結ばれている労働協約(昭和三一年一一月一五日締結、同日より一ケ年を有効期間とする)第三八条第一一号及び第一審被申請人の就業規則第九七条第一一号に、従業員に対する懲戒解雇または論旨解雇の事由の一として掲げられている「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき。」に該当するというにあつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

ところで第一審申請人が、在日アメリカ合衆国空軍の使用する東京都北多摩郡砂川町所在の立川飛行場を拡張するための測量を阻止しようとする目的をもつて、昭和三二年七月八日の朝から現地において開催された「砂川基地測量反対集会」に、第一審申請人等の所属する労働組合の組合員数名とともに参加すべく、第一審申請人坂田を責任者として砂川町に相前後して赴き、すでに飛行場の北側に集合していた右反対集会の群集の中に、第一審申請人坂田、同高野とほか二名の組合員とは携行したヘルメツト型帽子をかぶり、第一審申請人菅野と残りの組合員とは赤鉢巻をして加わつたことは第一審申請人等の認めるところであり、<証拠>を総合すると、第一審申請人等が、前記反対集会に参加した際正当の理由なしに前記飛行場に深さ約四、五米に亘つて立入り、之によつて刑事特別法第二条所定の要件に該当の行為をしたことはその疎明十分というべく、前記反対集会に参加した第一審被申請人の従業員九名が同年九月二二日逮捕され、そのうち第一審申請人等が同年一〇月二日起訴されたこと、及びその事実が原判決添付別紙一覧表のとおり新聞紙上に報道され、また、テレビ、ラジオを以て放送されたことも第一審申請人等の認めるところである。従つて第一審被申請人が第一審申請人等に対して為した前記懲戒解雇又は論旨解雇については少くともその理由とされた事実は存在したものと認めるべきである。

さて第一審申請人らは、右のような事実があるとしても前記労働協約および就業規則の各規定にいわゆる「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき。」に該当しないから第一審被申請人の第一審申請人等に対する前記懲戒解雇及び論旨解雇は何れも無効であると主張するのでこれについて判断する。

思うに企業者がその従業員たる労働者に対して有する所謂懲戒権は、国家の国民に対する刑罰権とは異なつて、企業者が当然に有するものではなく、就業規則もしくは労働協約に基いて即ち企業者と従業員たる労働者側との間の明示もしくは黙示の合意に基いて初めて発生するものである。この点に鑑みるときは、懲戒権の基礎となる事実の解釈について争のある場合には、第一は当該就業規則もしくは労働協約の規定が標準となることは勿論であるが、その解釈については規定の形式乃至文字のみに捕われることなく、その目的、精神に則つて客観的合理的に解釈すべきことは多言を要しない。

第一審被申請人と申請人等所属の組合との間に締結されている前示労働協約第三八条第一一号(第一審被申請人の就業規則第九七条第一一号には、その規定の体裁文言に於いて全く協約第三八条第一一号と同一で、協約の規定を確認したものに過ぎないから、以下、協約についての説明は同時に規則についても言及したものとする)には、懲戒解雇又は論旨解雇の原因として「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」と規定する。文字的には「不名誉な行為」とは反道徳的、反社会的反法律的等の一切の行為を含み極めて幅の広いものと解される。然し、企業者の懲戒権は組織体としての企業の秩序を維持し乃至企業の生産性の向上を計るため、之に背反した者に所謂契約罰として不利益を与え、その甚しい場合はこれを懲戒解雇即ち企業の埓外に排除することを目的とするために認められたものであること、企業者とその労働者との間に於ても信義則の支配はあるにせよ、労働者はその労働力を企業者に提供するにとどまり、企業者とその労働者とは法律的には独立別個の人格であつて、労働者はその全生活を企業者の支配乃至監督の下に置くものでないこと、前示協約第三八条第一一号に先行する第一号乃至第一〇号の中にも「不名誉な行為」と目さるべき行為の規定(例えば第五号、第九号等)のあること等に鑑みるときは、協約第三八条第一一号に「不名誉な行為をして会社の体面を汚したとき」とは、道徳的、社会的、法律的に見て不名誉な一切の行為を含むのではなく、不名誉な行為(但しそれが職場内で行なわれたと職場外で行なわれたとを問わない)の中、客観的に見て企業の秩序乃至規律の維持又は企業の向上と相容れない程度のもので、これによつて現実に会社の体面即ち企業者としての社会的地位、信用、名誉等が著しく毀損され企業者に取つて最早当該労働者との間の雇用関係の継続を待期し得ない場合を意味するものと解するを相当とする。第一審申請人等は前示第三八条第一一号に所謂「不名誉な行為」とは、職場秩序を乱すような不名誉な行為のみを意味し、職場外で行なわれた行為とは全く関係がなく、このことは昭和三一年八月前記労働協約締結の際に同条同号の適用を(イ)乃至(ハ)(原判決事実摘示中申請人等主張の一の(三)ロ参照)の場合に限る旨被申請人と組合との間に意見が一致した旨主張するが<証拠>に照らして、真実に合致したものとは認め難い。他に第一審申請人等の此点に関する主張を肯認するに足る疎明はない。

以上認定の上に立つて第一審申請人等の前記行為を観るに、同人等の行為は単に所謂「砂川基地測量反対集会」として政治的大衆運動としての集会、行進等の示威運動の範囲に止まつたのではなく、所謂安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法第二条に違反する行為であり而も同条に謂う立入禁止区域に単に侵入したのみではなく、警察官の制止を実力を以て排除して之を敢てしたもので而も第一審申請人等はその主動者と認められる者であることは本件弁論の全趣旨によつて之を認めるに難くない。此点に於て第一審申請人等の行為は、その動機信念の如何に拘らず、少くとも憲法の規定する法治主義の原則に反し国民として相応しい行動ではなく、法律上は勿論社会的にも亦非難に価する行為と言うべきである。然し既に説示した協約第三八条第一一号の解釈に照らして考えるに、申請人等の右行為自体が直ちに客観的に被申請人の企業の秩序乃至規律の維持又は企業の向上と相容れない程度、性質のものとは解し難い。また仮に第一審被申請人の主張の如く右の行為が協約第三八条第一一号に所謂「不名誉な行為」に該当するものと解すべきとしても、第一審申請人等の前示行為と共に同人等が第一審被申請人の労働組合員で且つ指導的地位に在ることが新聞、ラジオ等によつて報道されたことにより第一審被申請人が之によつてその体面即ち企業体としての社会上、取引上の地位、名誉、信用等を現実に害されたこと而も著しく之を害されたとの点については本件全資料を検討するも、これを肯定するに足る疎明ありと認めることを得ない。此点に関する当審証人井上寿徳の供述は主として同人の意見乃至予測であり、第一審被申請人が具体的にその体面を汚されたことについての疎明が積極的に為されたと認めることを得ない。

以上の通りであるから、第一審被申請人が、第一審申請人等に対してした前記懲戒解雇及び論旨解雇の理由とした事実は、前記労働協約第三八条および就業規則第九七条の各第一一号にいう懲戒事由に該当しないものというべきであり、したがつて第一審被申請人のした前記懲戒解雇及び論旨解雇は、前記懲戒規定の適用を誤つたものとして無効と謂わなければならない。なお第一審被申請人は、昭和三三年七月一八日の原審口頭弁論期日に第一審申請人坂田、同高野に対し、予備的に、論旨解雇の意思表示をしたが、その意思表示も同様の理由によつて無効とみるべきである。

右のとおりであるから第一審申請人等と第一審被申請人との間の雇傭契約は依然として存続し、第一審申請人等はこの契約にもとずく被申請人の従業員たる地位を失つていないと謂うべきである。<以下省略>(裁判長判事 鈴木忠一 判事 加藤隆司 判事 宮崎富哉)

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